私の想い。

 栄区に居を構え、家族の歴史を刻み、地域の絆を育んできた皆さまが、安心して生活していくには、区民の思いをどのように街づくりにいかし、取り組むべきかを私は考え続けてまいりました。
 横浜市会議員選挙に挑戦すると決めたのは平成11年です。その頃すでに人口の減少傾向が予測されてはいたものの、高齢の皆さまの地域活動が盛んな街でした。 高齢化率の推移を予想し地域活動を応援しようという行政の機運はある程度高かったと思います。
 しかしながら現在でも皆さまから寄せられる要望上位である、区内の交通網整備の遅れは取り戻せておりません。 ゆえに栄区の魅力が伝わらないうちに、より利便性の良い地域へと住み替えられた方もいらっしゃいます。
 私は昭和42年(1967年)生まれです。 小・中学校が毎年のように設立され、同級生が沢山いました。まだ私たちの親の世代は栄区に住んでいます。 高齢となり、私たちの世代とその親の世代はどのように暮らしてゆくか、親の恩に報い高齢となった親の、心身共の幸せを見守る生活の場をどのようにすべきか、私たちの世代は人生の岐路に立つことを余儀なくされています。
  私は「安心して生活し、人生を選択することが出来る世の中を創りたい」との思いで政治の道を歩み始めました。
 いま私は原点に立ち返り、ふるさとである栄区のために働きたいと考えています。 日常の安心と将来・未来の夢を描くことの出来る街の整備をしてまいります。 街の魅力を持続しながら、ふるさととして選ばれる地域へと改革をしてまいります。
 政令指定都市横浜の市会議員としての経験、神奈川県政を学んできた経験、栄区の歩みを肌で知る者として、両親の介護を経験している家庭人として。 悩みを皆さまと共有し、どのような街の姿を描いてゆくか、私たちの足元から神奈川県全体から、俯瞰してご提示してゆきたいと考えています。
 神奈川の豊かさを栄区から発信してまいります。
 機動力・起動力をもつ「つのだ宏子」が細やかに大胆に取り組みます。

つのだ宏子

地域の特性に合った
災害への備えを。

 平成30年も地震や台風などの大災害による被害が私たちに驚きと恐怖をもたらしました。
 ある集合住宅の自治会防災訓練にお伺いしました。 自治会役員さんに私が栄火災予防協会会長や横浜市防火防災協会の理事を務めていると話したところ訓練を実施するので見学しませんかとお誘いいただきました。栄消防署の指導でAEDや人口呼吸の訓練も行われましたが、日頃の心配点や意識を把握しての訓練に敬服しました。
 栄消防署と鎌倉市消防本部は、随時共同訓練を実施していますが、消防などの行政にはまさに公助といわれるに相応しい使命があります
 私たちは家族を守ることから計画します。 災害時、私たちの心と足は自宅を目指します。 家に帰るのです。 次に近隣で助け合いがはじまり、行政が公助としての機能を発揮するまで、私たちは待たなければなりません。 神奈川県の初期の役割は自衛隊の出動要請であったり、県内外市町村との調整。 待った無しの救援と長引く避難生活の支援です。 近隣地域が力をあわせ公助が機能することが重要と考えます。

「妊娠・出産・子育て
・病・高齢期介護」
安心医療の確立を。

 両親の介護の経験から、地域でひとりの人を支える為の医療のターミナル機能がないことに愕然としました。
 キーパーソンとなる家族の負担は大きいが、親切で信頼できるかかりつけ医がいて、日常から専門的な検査や治療に移行するために急性期病院への紹介を受け、治療の期間を経て自宅に戻るのか、戻れず別の選択となると、誰が主治医となるのか?専門医との関係は、その前の在宅の訪問医が主治医なのか、母と私は路頭に迷いました。
 地域に医療情報が持続的に管理される医療機関があればどんなに安心だろう。施設に入所した場合は、急性期病院の執刀医が主治医ではありませんし、入院前の訪問医も「私は主治医ではないです」と答えます。継続性のなさは家族にとっては不安そのものです。
 身近に相談者がいない単身者も、その家族も医療機関との信頼を継続し維持してゆくには、一元的に情報が管理されるターミナル病院の設立により確実に情報を管理することも、医療の在り方として必要と考えます。